こん恋 ーstory004:Taro.

こんな恋を、用意しました。





大きく開け放たれた、
ベランダの前に立って。

淹れたて……ではない、
少し冷めたスタバのラテを飲む。

「今年はここから
桜、見れないんだなぁ……」

「太郎ちゃん!
ガムテープ知らない?」

センチメンタルな僕のつぶやきは、
ちっとも繊細さのない
大きな声に存在を消される。

ため息を吐いて
腰をかがめると同時に、
段ボール箱を持った莉子が
隣の部屋からやって来る。

「太郎ちゃん!さっき
私が買って来たガムテ……あ」

床へと置きっぱなしになっていた
ビニール袋から、
僕はご丁寧に
ガムテープを取り出して、
莉子に向かって腕を伸ばす。

たぶん今、
僕はマリア様より
慈悲深い表情をしているだろう。

その可愛らしい顔からは
想像出来ないくらい
ガサツなキリストは、
へへっと笑いながら
僕の手からガムテープを取る。

「ここにあるんなら、言ってよ。
結構探しちゃった」

「いや、りぃがさっき
自分でここに置いたんだよ」
 
「でもほら、
使うでしょ?とかって
渡してくれてもいいと思う訳よ」

「そういう勝手な言い分、
よくポンポンと出てくるよなぁ」

「勝手なのは
太郎ちゃんも負けてないでしょ?
ひとりで優雅にラテなんか飲んで。
私も飲みたいんですけど」

「自分の分、
なんで買って来なかったの?」

「ガムテープに気を取られて、
すっかり忘れていた訳よ。
桜ホワイトチョコレートを
飲みたいという、自分の意志を」

「それってさ、
もう終わってなかった?」

「嘘!? 私まだ
一回も飲んでないんだけど!」

「それは残念」

僕は
小さく笑い声を立てながら、
ベランダのふちに腰かける。

そういえば。
莉子にテイクアウトを頼むと、
いつも少し飲み物が冷めている。

「今日も、どっか寄り道した?」

「あ、バレた?
ほら、下のみちのく公園。
もうすぐ桜咲くなーと思って」

「こっからでも見れるのに」

「下から見るのが、
またオツなんでしょうが」

僕たちが一緒に住む部屋を
ここに決めた理由は、ふたつ。

大好きなスタバが
徒歩圏内にあるということ。
そしてもうひとつは、
目の前にある公園だ。

『みちのく公園』
という、どこ世代を狙ったのか
まったくもってわからない
ネーミングの公園には、
その広さに似つかわしくない
大きな木が、
入り口にドンと存在してる。

春には桜が咲き誇って、
夏には緑の葉が、
暑苦しくも嬉しい風を運んでくれる。

僕たちは、この部屋が
とても気に入っていた。

だけど……
2年と5カ月
過ごしたこの部屋に、
今日僕たちは別れを告げる。

「……桜、もうこの部屋から
見ること出来ないんだよね」

莉子の言葉に、
僕は思わず目を大きくして
後ろに立っていた
彼女を振り返って見上げる。

「何?」

「いや、
俺もさっきそう思ってたから」

「同じタイミングで、
同じこと考えるんだね」

「そりゃ、
3年も付き合ってればなぁ」

「私たち、やっぱお似合いな訳ね」

大笑いというには
わざとらしく響く笑い声で、
僕はその質問をかわす。

莉子は僕の隣に腰をおろして、
自然な動きでラテを横取りする。

「あの、莉子さん?
引越し屋さん来ちゃうよ」

「太郎ちゃんだって
くつろいじゃってるじゃない」

「俺の分の荷造りは
もうとっくに終わってるし」

「うわ、最低。
手伝おうという気持ちはない訳?」

「手伝わないでって言ったの、
誰でしたっけ?」

「……あ、もしかして私ですか?」

「その通りでございます」

ふざけ合う僕たちは、
いつもと変わらない。

去年の今頃も、同じような
やり取りをしていた気もする。

だけどその時は、ちゃんと
カーテンがかけられていて、
2人がけの
レモン色のソファもあった。

だけど今、
さして広くはないけど
思い出が溢れるほど詰まった
リビングを隠すカーテンは、ない。

僕たちを見守ってくれていた
レモン色のソファは
今頃きっと、
リサイクルショップの
店頭に並んでいる頃だろう。

莉子は結局
横取りしたラテを飲まないまま、
僕につき返す。

視線をそらす時、
彼女はいつも心が泣いている。

僕はそれに
気づかないフリをして、
黙ってラテを受け取る。

思えば莉子は、
買い物帰りには決まって
僕にお土産を買って来てくれた。

ガサツなくせに、
そういうところは優しい。

彼女の好きな部分を、
僕はいつの間にか
ないがしろにしてしまっていた。

莉子は似顔絵で描いたような
どこか嘘くさい笑顔を貼りつけて、
放置していた段ボールの元へ戻る。

「莉子、ありがとう」

「何が?」

「ラテ、買って来てくれて。
今日だけじゃなくて、いつも」

「……今さらそういうこと言うの、
ズルくない?」

ベリベリ、と
ガムテープの音が、
やけに大きく背中で聞こえる。

「今言わないと、俺たち
ちゃんと終われない気がして」

「浮気者は、
そうやって正当化する」

「……ごめん」

「やめてよ。
謝るのはおしまいって言ったじゃん。
って、言わせてるのは私な訳だけど」

莉子の声が
震えているように聞こえたのは、
きっと僕の思い上がりだ。

今日の引っ越しが決まったのは、
3ヵ月前。

きっかけは、僕の浮気だった。
 
好きでもなんでもない、
会社の後輩の
可愛い顔したあずさちゃん。

隠していたつもりだけど、
どうやら莉子は
すぐにわかったらしい。

僕が何か、
やましいことをしたと。

正直に話せば
許してくれるという
僕の甘い考えは、莉子の
『ごめん、無理』によって
ガラガラと音を立てて崩れた。

やり直そう。

僕の4度の提案に、
莉子が首を縦に振ることはなかった。

「……こうやってさ、
責めちゃうんだよ。
この先一緒にいたとしても」

「俺は、覚悟してる」

「太郎ちゃんに
覚悟出来てても、私は出来てない」

「なんの覚悟?」

「たった一度の
浮気も許せないくせに、
それを武器に
ネチネチ優位に立とうとする、
私がいちばん
嫌いなタイプの女になる、覚悟」

「……長いね」

「うまくまとめらんなかった」

莉子のこんな可愛らしい一面を、
僕はどうして
忘れてしまったんだろう。

「ねぇ、太郎ちゃん」

「ん?」

「こっち、向いて」

僕が後ろを振り返ると、
段ボールを前に
困り果てた顔の莉子があった。

てっきり
涙で頬を濡らしているものかと、
これまた思い上がっていた僕は
少し拍子抜けをする。

それを見透かしたように、
莉子はニヤッと口の端を上げる。

「泣いてるとでも思った?」

「今、そういう流れじゃなかった?」

「なんで私が泣くの?
悪いのはぜーんぶ太郎ちゃんでしょ」

「……おっしゃるとおり」

「ねぇ、太郎ちゃん。手伝って」

カラッと笑って
お願い事をする莉子に、
僕は少し泣きそうになった。

本当に、
今日この人と別れるんだ。

いちばん
大切にしなくてはいけなかった、
かけがえのない人と。

「もちろん。
莉子に任せてたら
引越しの人が来ちゃうだろうからね」

「太郎ちゃん」

「だから、手伝うって」

「そうじゃなくて。
ごめんね、太郎ちゃん」

「……なんで?」

「辛抱ない女で、ごめん」

「そういうこと、言うなよ」

「いっぱい
楽しいことあったね。
ケンカもたくさんしたけどさ、
すっごくすごく、楽しかったね」

「……ああ」

「そういう思い出、
私大事にしたいの。
だから、別れる決心したんだ」

莉子は、
ガムテープをポンと放る。
僕はそれを、しっかり受け取る。

「このまま一緒にいたら
私たぶん、
太郎ちゃんのこと嫌いになる。
そんで太郎ちゃんも、
私のことを煩わしくなる。
あ、そんなことないはナシね?」

「はい」

「その前に。
大好きなこの気持ちのまま、
太郎ちゃんから卒業したかった」

「そのまま
エスカレーターで残ることも、
出来るんだよ。
俺は、それを望んでるよ?」

「残念ながら、
エスカレーター進学するほど
私は成績に余裕ないの」

そう、言うと思った。

口に出すかわりに、
僕はしっかりと身体の向きを
莉子と段ボールに変える。

最後のお願いを、
まっとうするために。

「あのさぁ」

「何よ」

「どうすればこんなに
汚くガムテープを貼れるの?」

「私もそれ聞きたいんだわ。
ていうか、嫌味はいいから
さっさとキレイに貼って欲しい訳で」

「頼みかた」

僕は笑いながら、
ベリベリっとガムテープを剥がす。

しっかり、貼り直さなくちゃ。
いつもの倍、キレイにピタッと。

莉子の荷物を、
しっかりと届けてもらうために。

僕の知らない、
君の明日を運んでもらうために。

――ベリベリッ

2年と5カ月過ごした
この部屋に、
今日僕たちは別れを告げる。
 
入居した時と同じように、
僕たちの荷物は
別々の段ボールに入れられて。

さようなら、莉子。
かけがえのない3年間を、
ありがとう。




story 004:

さいごくらい

One,

東京の片隅に暮らしている、 シナリオライターです。 TwitterやInstagramでは 綴りきれない、思いや出来事を。 ラフに、のんびり。 そしてひとさじのぽっぷを加えて、 彩っていけたらと思っています。 よろしければ、こちらでも。 ゆっくりしていってください。 Twitter/Instagram account →popslow1985

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