こん恋 ーstory003:Tomori.
こんな恋を、用意しました。
真っ青な空の下を、
大きなバッグにお弁当を入れて
お気に入りの公園まで歩く。
少し作り過ぎ感のある
お弁当のメニューは
もちろん、
あなたの大好物の
おにぎりとたまご焼き。
それから、
最後まで『おいしい』を
もらえなかった、カポナータ。
『イタリアで食った
あの味を、日本でも食いたい』
という
無茶苦茶なリクエストをされた時は、
付き合う人を間違えたかもしれない。
なんて
思ったりもしたけど。
今では、得意料理のひとつ。
悔しいけれど、
いつだってあなたには
何においても敵わない。
「……創くん、もう来てる?」
公園に入って、
階段を上ったところにあるベンチが、
私たちの特等席。
誰も座っていない
場所に向かって声をかけるなんて、
きっと相当変な光景だろう。
だけどこれが、休日の
私の日課になっていた。
そして、今日は……。
2年前の、3月13日。
あなたが空へ
旅立ったことを聞かされてから。
ベンチに座り、
お弁当を広げながら、空を見上げる。
「少し遅くなっちゃったかな?
実は、ちょっと寝坊しちゃった」
返答のない会話。
それでも私は、こうして
話しかけずにはいられない。
思い込みでもいい。
聞こえて来る気がしてならない。
不機嫌そうな顔で、
でも全然怒ってない口調で
『遅ぇよ、のろま』と言う
大好きで仕方ない、あなたの声が。
「創くん、元気にしてる?
そっちの居心地はどう?」
雲のない空は、
どこまでも澄み渡っていて。
ひねくれ者だった
あなたとは正反対で、
とてもとても、透明。
『灯里?って、仕事中だよな。
仙台、今着いた。
明日の夜には帰るから。
あ、今日の晩飯牛たんだってよ。
いいだろー。
写メ送ってやるから、お楽しみに』
私の携帯に残っている
留守番電話のメッセージを、
いまだに消せない。
2011年3月11日、
午前11時52分。
当時は
メッセージを消そうと思った。
この声を聞いてしまうと、
何もかもを
恨んでしまいたくなるから。
あなたが
この世にいない事実に、
押し潰されそうになるから。
だけど……。
そう思うようになったのは、
1年前の今日。
遺品らしきものが発見されたと
地元の自衛隊の方が送ってくれた、
彼の携帯電話がきっかけだった。
その携帯には、
あるメッセージが残っていた。
彼から私への、最後の告白。
真っ青な空の下、
私は創くんの携帯を取り出す。
『……トモ、
聞こえるか?俺、ハジメ』
「声、聞けばわかるよ」
『何度も電話かけたんだけど、
つながんねーから……こうして、
メッセージを残すことにしました』
「敬語なんて、
この時初めて聞いたかも」
『……俺、
たぶんもうダメだわ。
取引先の、
会社の屋上まで上って来たけど
そう長くは持たないと思う』
遠くで
すごい勢いで流れる水の音と、
声にならない声で
叫んでいる人の悲痛な祈りが、
耳に響く。
『だから、
これがお前に届くと信じて
……俺、今喋ってます』
「届いたよ……
ちゃんと、届いてる」
『まさか、
なじみのない土地で
最期の時間を過ごすなんて……
全然、実感わかねぇんだけど』
その場にいた人の気持ちは
……悲しいけれど、
想像することしか出来ない。
でも、これだけは言える。
あなたのそばに、いたかった。
『俺、本当死ぬんだな』
いつも感情のない声で話す
この人の、
悲しそうな声を初めて聞いた。
『灯里は?大丈夫か?
東京のほうも結構でかかったって、
さっき
携帯つながった人が言ってたけど』
出会った時から、知ってたよ。
ぶっきらぼうで
素直じゃないけど……
すごくすごく、優しい人だって。
自分のことより、
相手のことを考えてしまう。
そういうわかりにくい優しさ、
私は今でも大好き。
『神様も、
そんな残酷じゃねぇよな?
お前が無事なら……
もう、なんでもいい』
何度も聞いたメッセージ。
だけど涙は
毎回飽きることなく、私の頬を伝う。
『……ありがとう。
トモに出会えた俺の人生、
なかなか悪くなかった』
「私は、創くんに出会えたことが
人生の中でベストな出来事だよ」
『たくさんの笑顔、ありがとな。
たぶん、トモは泣くだろうなぁ。
しばらく
立ち直れない姿、目に浮かぶ。
でも大丈夫、俺がちゃんと
お前のこと見守ってるから。
だから、安心して生きていけ』
『灯里、だいす……』
メッセージは、
そこで途切れていた。
あなたらしい、終わり方。
普段、愛の言葉を
一切ささやいてくれなかった
あなたらしい、最後のラブコール。
一瞬で
光を飲み込んだ、あの日。
闇におおわれた世界は
恐怖でも絶望でもなく、無だった。
無より
怖いものなんてないことを、
あの日知った。
だけど、
その闇は少しずつ。
本当に少しずつ、
微かに光をのぞかせるくらいには
晴れている気がする。
そう思えるようになったのは、
今はもう触れることが出来ない
あなたの
思いのおかげだと思っている。
「創くん、大好きよ。
心配しないで大丈夫。
私は今日も、生きてるよ?」
頬に流れる雫を、
自分の指でしっかり拭う。
空に向けるのが泣き顔じゃ、
あなたに笑われてしまう。
『泣き虫な女は
好きじゃありませーん。
トモは、笑ってる顔がいい』
「創くんが
遺してくれた言葉を
この胸にしっかり刻んで、
これからも生きていくから」
この先何度も、
あなたを思って涙を流すだろう。
「だから、見守っててね」
だけどそれ以上に、
あなたを思い出す時は
笑顔の数を増やしたい。
だってあなたは
私の人生に舞い降りてくれた、
史上最高のプレゼントだから。
「創くん、天気いいね」
空に耳を澄ませて、目を閉じる。
――いい天気だなぁ。
大好きな人の声が、
聞こえた気がした。
なんでもないことを、大切に感じる。
日々の気づきに
しっかり耳を傾けながら、
毎日を過ごしていきたい。
天国で見守ってくれている、
あなたの分まで。
story 003:
いきていく
心の中で大切な人が生きている、
すべての人へ。
空へと旅立った、‘あなた’へ。
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2016.03.09 15:26